外食はねぎらい


妻の数日遅れの誕生祝いに外食をしました。一日一食生活が定着した今では、外食は割に合わない娯楽になりました。都心の一等地の割に値段は妥当で、料理も普通に美味しく、ちょっとした非日常感もあり、悪くない店です。おそらく外食店の多くはこのカテゴリーに分類されると思います。他方でその料理は自分の体に本当に必要な栄養素を補給してくれるものではなく、おそらくその美味しさも神経伝達物質の分泌量などを客観的に分析すれば、自分で作る蒸し料理と大差なく、雰囲気にしても、長野県でデッキにテーブルを出し、バリでもらってきたテーブルクロスを敷き、ろうそくの火を頼りに夕暮れの森で食事をする方が癒されます。店から現実世界を通って家路につくより、自分の家で食後の余韻を楽しんだ方がはるかにリラックスできます。結局のところ、外食は普段を食事を作ってくれる妻へのねぎらい以上の意味はないのかもしれません。

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