進歩していない80年


金曜日は大月短期大学の最後の授業があり、以前から行きたかった大月防空監視哨跡に行きました。ここに特別の思い入れがあるのは、かつて自宅の近所にB29が墜落したからです。勿論その痕跡はありませんが、娘が通っていた中学校には、鈍く光る機体の一部が保管されています。富士山を目標に飛来したB29は、大月上空で右旋回し首都圏への空襲に向かい、その最前線が大月と言えます。日中は双眼鏡で監視を行い、夜間は聴音壕内で音から機種を探り警察電話で通報をしたと言います。この情報により空襲警報が発令され、立川にある飛行集団本部が迎撃の判断をしました。自宅の近所に落ちた機体は、1945年3月の東京大空襲を上回る562機もの機数で行われた5月24日未明の空襲で、6基の75mm高射砲が置かれた千歳船橋高射砲陣地からの砲撃による撃墜とされます。聴音壕の石積みは、戦後80年の世界が何も進歩していないことを物語るように見えます。

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