人がお金に執着するのは、消費する自由こそが幸せの源泉だと思い込むからです。しかしこの考えはおそらく間違いで、消費の不自由こそが幸せの本質だと思います。糖質制限を再開したのはやせるためではなく、血液栄養解析で分かった栄養バランスの崩れを改善するためです。その結果我が家では、ご飯は一夜にして滅多に食べられない贅沢品に変わりました。日本人にとってのお米はあって当たり前のコモディティで、お替り無料の飲食店も少なくありません。自由に消費できない制約により希少になれば、それが自分の意思であるかにかかわらずご飯を食べる行為は特別なものになり、味わい尽くそうとします。むしろ不自由で欠乏した状態の方が、人は強烈な美味しさや豊かさを感じると思います。食べ過ぎの上に食べさせることで経済を回す外食業界の付加価値など、飢えを超える価値にはなりえない気がします。