意思と体の主体性

母の入居する高齢者施設に行く頻度が増えました。いつも食事をしていた父がいなくなり、寂しさを埋める慰めになればと思います。偉そうなことは言えませんが、施設を訪れる他の家族を見たことがありません。なるべく他の入居者に目立たないように訪問しますが、尋ねて来る家族もいない人の気持ちを考えると複雑です。一方で、高齢者施設に行きたくない理由も分かります。構ってもらおうと食器をたたき続けたり、うめき声をあげたり、そこにいるだけでこちらの生気まで奪われる気がします。入居者の平均年齢が92歳ながら、介護度がそれほど高くない施設でもそう感じますから、社会から見放された場所に見えたとしても不思議ではありません。健康に注意をしていると言うと、そんなことをしてまで長生きをしたくない、と強弁する人もいますが、最後まで自分の意思と体の主体性を奪われたくないだけです。

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