昨日はオミクロン騒動渦中での帰国を延期した娘の、成人式写真の後撮りをしました。娘が生まれた頃は今の自分の年齢を想像し親としての務めが果たせるのか不安でしたが、人は起こりもしないことを心配して勝手に恐怖を増大させます。実際に起こった未来の自分ははるかに楽観的で、20年前より健康でおそらく体力もあり、ネガティブな思い込みが人を衰えさせると思います。自分自身の成人式の記憶は欠落していますが、生まれる20年前の日本が戦争のさなかにあった事実に愕然としたことだけは覚えています。20年はあっという間であり途方もなく遠い不思議な時間です。人は最終的には何も持たない死に向かって生きるのに、失う恐怖ばかりを抱え込もうとします。生きる価値を物質的な豊かさの上に描くなら金銭的な執着ばかりが増え、失う恐怖と共に生きることになり、老年的超越は訪れないのでしょう。