以前読んだ養老孟司氏とC.W.ニコル氏の対談で、なぜユダヤ人は無抵抗でナチスに殺されたのか、と養老氏が疑問を呈していたことが印象に残っています。氏の解釈は都市で飼い慣らされた結果、人は鈍感になり弱くなるという結論でした。衝撃を受けたのはそれが今の社会への警告に聞こえたからです。ガス室で死を迎えるまで、そこがシャワー室だと信じていた人もいたとされます。人間の意志を奪い無反応にする教育を受けた常識人は、何の疑いもなく権威に従います。恐怖を与え解決策を示すという騙しは過去に何度も使われてきました。非現実的な情報に触れると平和に慣れた人ほど、それが最悪の局面に向かう変化であるほど、そんなことはあり得ないと断じ、それ以外の可能性を考えません。考古学的な都市の歴史は紀元前3,500年頃のメソポタミアや紀元前2,500年頃のモヘンジョダロに遡り、以来都市は堅固な城壁に守られてきました。戦後平和を謳歌し自身の欲望を満たすことに夢中な人々は、不吉な兆候に接しても、よもや自分の足元が崩れるとは思わないのでしょう。